暮らしに役立つ 医療のおはなし 53
メタボリックシンドローム(その5)
わたひき消化器内科クリニック 院長 綿引 元


大腸癌の実際
a)小さな進行大腸癌(手術例)
b) 小さな大腸癌(内視鏡像)
肥満と消化器疾患(3)

■肥満と大腸癌
 大腸癌はわが国では近年著しく増加しており、そのリスクファクターとして遺伝的要因や炎症などのほかに肥満、糖尿病などが考えられています。欧米の疫学調査ではBMIより内臓脂肪型肥満と大腸癌リスクが強く相関しています。わが国でも皮下脂肪より内臓脂肪との相関が強いのではといわれています。また、欧米とは異なり、BMIが23程度の軽度肥満から大腸癌のリスクが高いといわれています。
 大腸癌は欧米諸国などの先進国に比較的多く、発展途上国では比較的まれです。わが国では、生活習慣に大きな変化があった戦後から一貫して増加傾向にあります。食事と大腸癌の関連では、ニンニクや牛乳は予防因子となりますが、赤身肉や加工肉、アルコールは促進因子になります。食物繊維の摂取量が非常に少ない群では多い群に比べて大腸癌のリスクが高いことから、日常の食事である程度の食物繊維をとることが大腸癌の予防に重要です。
 
表1 食事、栄養、運動と大腸癌
欧米では身体活動がBMIと独立した大腸癌の抑制因子として報告されており、やせなくとも運動すること自体が大腸癌の予防に有用ですが、直腸癌に関しては明らかではありません。
 糖尿病で大腸癌のリスクが増え、高血糖も大腸癌と関係することが疫学的に証明されており、特に肥満を合併するとその関係が強くなるといわれています。メタボリックシンドロームの根底をなす内臓脂肪型肥満、身体活動の低下、インスリン抵抗性が、大腸癌のリスクを上昇させます。

■肥満と膵疾患
 膵臓は内分泌機能・外分泌機能ともに人のエネルギー代謝に密接に関連しており、その機能低下はさまざまな疾患にかかわってきます。逆に全身疾患による膵病変の出現もさまざまな報告があります。特に、肥満を含むメタボリックシンドロームにおいては、インスリン抵抗性が高まり、高血糖状態が引き起こされます。次いで膵ランゲルハンス島におけるβ細胞の減少によりインスリン分泌不全がおこり糖尿病へと進展します。
 以前から、肥満は急性膵炎の独立した重症化因子として知られています。アルコールや胆石といった急性膵炎の成因にかかわらず、肥満者は急性膵炎の重症度が高くなることから、大量飲酒や胆石症、高トリグリセリド(中性脂肪)血症などの急性膵炎発症の危険因子の有無を確認し、急性膵炎の発症以前に食事や運動など生活習慣への介入をして、肥満の解消に努めなければいけません。なお、慢性膵炎は進展すると膵外分泌障
害による消化吸収障害により、低栄養状態を呈することがほとんどであり、肥満を含めたメタボリックシンドロームとの関係は明らかではありません。
表2 肥満と膵疾患の関係
 
肥満が膵癌のリスクを上昇させることも知られています。欧米では、BMI35以上の肥満で運動の有無に関係なく膵癌のリスクが増加するとしています。なお、膵癌と糖尿病の関係では、血糖コントロールの急激な悪化を契機に診断される膵癌は少なくありません。膵癌は糖尿病を高率に合併しており、新規に発症した糖尿病が膵癌早期診断のマーカーになりうる可能性もあります。

■肥満とC型肝炎
 C型肝炎では、肝脂肪化をはじめ脂質代謝異常、インスリン抵抗性、糖代謝異常が発生するケースが多くあります。特にインスリン抵抗性は、肝線維化の程度にかかわらず起こりやすく、慢性肝炎の進行を早めることも知られています。
 肥満は、肝脂肪化、インスリン抵抗性を増悪させるため、C型肝炎の病態を悪化させますし、2型糖尿病が起こりやすくなります。肥満ではやせている人に比べて癌の発生が多いこと、なかでも肝癌が多いことが知られていますし、糖尿病患者の死因としても肝癌の多いことが明らかにされています。
 さらに、肥満はC型慢性肝炎に対するインターフェロン療法の効果を減弱するといわれています。

 肥満の問題は欧米諸国のみならず、わが国も含めアジアや中南米などにも広がり、世界的な健康問題になってきています。わが国でメタボリックシンドロームの判断基準が健診に導入され、心血管疾患や糖尿病などの生活習慣病との関連が深い内臓脂肪型肥満についての関心が高まってきています。しかし、肥満が逆流性食道炎、胆石症、非アルコール性脂肪肝炎などの消化器疾患や大腸癌、肝癌、膵癌などの消化器悪性腫瘍のリスクを高めることについての認識はまだ充分に知られていません。
 消化管で食物の消化と吸収が行われ、肝臓が吸収された栄養の代謝を行っており、エネルギーの摂取と代謝を司る中心は消化器官です。肥満と消化器疾患についても皆さんに関心を持って頂きたいと思います。



発行/萩野原メディカル・コミュニティ